【スマート水産業ケーススタディ】〜富山県新湊漁業協同組合〈ICTブイ〉〜

1.富山湾とはどんな海?

〈ICTブイ〉が導入された経緯をお話する前に、富山湾の地形と海流の特徴、そこで営まれている漁業の現状をざっくりと理解しておきましょう。

■「天然のいけす」富山湾

富山湾の特徴のひとつがダイナミックな地形です。標高3000m級の立山連峰から富山湾中央部の水深1000mまで50kmの距離しかありません。わずか50kmで4000mもの高低差。つまり、富山湾は岸近くから急に深くなっている海なのです。

沿岸域の表層水は立山連峰からの水が河川となって流れ込むため栄養分がたっぷり。魚のエサとなるプランクトンが豊富です。

表層水の下層には日本海を北上する対馬暖流の支流が能登半島を回り込んで入ってきます(反時計回り)。この流れにのって春はブリ、サバ、イワシなど暖水系の魚がやってくるとともに、秋には北上した魚たちが岸沿いを南下する際に誘い込まれてきます。

外洋や大気などの影響をほとんど受けない水深300m以深は「日本海固有水」と呼ばれる常に水温が2℃前後の冷たい深層水で構成されています。この深層水は深海にもかかわらず上層並みの溶存酸素が含まれていて、ベニズワイガニやバイガイなど冷水系の生物が棲息しています。

暖水性、冷水性両方の魚が棲息できる環境が揃っているため、多種多様な水産資源が豊富で日本海に分布する約800種の魚介類うち約500種が棲息しているといわれることから富山湾は「天然のいけす」と呼ばれています。

イラスト/宇和島太郎

■富山湾の漁業の中心は定置網

富山湾の沿岸漁業の中心は定置網漁で富山県内の漁獲量の70%以上を占めています。

歴史をたどると定置網の原型となる「わら台網」は、今から約450年前、信長が活躍していた時代に富山県の氷見で誕生したといわれています。

漁業が急速に近代化したのが明治〜大正期。定置網漁も網型が改良され、網の素材もワラを編んだ目合いの大きなものから麻製の糸製の目合いの細かい網に変わり、大型化するとともにより深いところでの操業も可能となり、漁獲量は飛躍的に増大しました。

現在、富山県の沿岸にはおよそ100の定置網(大型定置網76、小型定置21)が設置されていて、イワシ、サバ、ホタルイカ、ブリなどの回遊魚を漁獲しています。

年によって増減がありますが、直近10年平均で年間総漁獲量は約2万t、令和4年の漁業生産額は約140億円でした。

「富山県水産業振興計画」(令和7年)より

■急潮の研究目的で導入された観測ブイ

2004〜05年にかけて「急潮」が富山湾の定置網に莫大な被害をもたらしました。

「急潮」はなぜ起きるのか。解明するために、2010年、富山湾4カ所に観測ブイが設置されました。

沖合の定置網に設置された観測ブイから送られてくるリアルタイムのデータに漁業者は驚きます。

定置網の現場に行くまでわからなかった沖合の海の状態が、このデータを参考にすれば陸にいながら操業可能か否かの判断ができる。つまり無駄な操業を減すことができたのです。

設置から10年経ち、老朽化した観測ブイは撤去されることになります。

「明日から天気予報がなくなる、みたいな感じでした」(新湊漁業協同組合副組合長 鷲北英司さん)

観測ブイのデータは漁師たちにとって欠かせないものになっていたのです。

「新しい観測ブイを手に入れ、自分たちで管理しようじゃないか」と組合員の意見は一致し、漁協として〈ICTブイ〉を導入することになりました。

導入までの経緯を漁業者、サポート企業、研究者の3人の方に伺いました。

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2.漁業者の声

〈ICTブイ〉はなくてはならない天気予報。

2010年、急潮研究のために設置された観測ブイ。陸にいながら沖合の潮の様子が把握できるということがどれだけ漁業者の役に立ったのか。そして新たな〈ICTブイ〉導入に繋がったのか。新湊漁業組合副組合長である鷲北英司さんにお聞きしました。

新湊の定置網のいま

――〈ICTブイ〉導入の経緯をお伺いする前に、新湊の定置網について少し教えて下さい。新湊には現在、何ケ統あるのですか? 

8経営体、13ケ統。すべて大型定置網です。

――形は?

うちの網は「瓢(ヒサゴ)網」とか「マント網」と呼ばれる箱網の両サイドに落し網がついているタイプです。うちは付けていませんが「金庫網」を付けているところもあります。

――網の深さはどれくらい?

一番深いと海面から70mぐらいですかね。

――網は何人で起こしています?

うちの船は現在16人体制です。

――金額的な主役はやはりブリでしょうか?

いえ、断トツでホタルイカです。3月から5月の3ヶ月でホタルイカがどれだけ獲れたかで、その年がよかったか悪かったかがほぼ決まるので。

二番三番は年によって違いますね。

――ブリだとばかり思っていました。季節ごと、魚種に合わせて網の目の大きさは?

今は変えてないです。ブリが入るときも、ホタルイカが入るときも一緒。ホタルイカを獲るから網目は細かいです。

新湊漁業組合副組合長である鷲北英司さん

莫大な被害をもたらす急潮

――最初、潮流観測設置の目的は「急潮」対策だったそうですね。

県から潮流計を入れて急潮対策を検討したいという話がきまして。この土地では昔から波の立つ北風が最も恐れられていたのですけど、説明を聞いて「急潮って怖いな」って……。

――何ノットぐらいから急潮と呼ぶのですか?

確か1ノット。ただ現場的には0.5ノットでもう十分速くて、網があげられなくなる。

――0.5ノットの潮で?

富山湾では頻繁にはない速さですね。

――そうか、網が巨大で網目も細かいから潮の抵抗も大きい。

そのとおりです。

――急潮被害に遭ったことは?

2004年9月に大きくやられました。台風が通過した後に急潮が起きて、水面にある定置網を固定しているワイヤーが切れたんです。

定置網は浮きをつけたワイヤーから網をぶら下げている構造。全体でバランスをとっているので1カ所でもワイヤーが切れると連続して引き裂かれてしまことがあります。

「この風やばいかもなあ」とは感じていたのですが、どうしようもない。そこが定置網の悲しいところで。

修復に何日かかったかな……3カ月ぐらいかな。

――3カ月操業できないのは痛いですね。修復にいくらかかりました?

2億円では無理でしたね。網だけで2億ぐらい。最近、組合員が網を新しくしたのですが、3億数千万円だったそうですよ。

――資材も高騰していますからね。

北風が強くて、今日は出漁できません

観測ブイが設置されて驚いたこと

――最初に観測ブイが設置された2010年。

5年間データを取れば急潮のメカニズムはある程度解明できるだろうということで2010年に始まったんです。

湾内に4カ所……魚津、入善、新湊、氷見に設置することになり、「観測ブイを定置網に付けたいんだけれど、誰か協力してくれんか」という話があって……面倒くさいから嫌だという人も多いなか、僕は珍しもの好きなので協力しますよと申し出たのです。

で、設置してみたら、めちゃくちゃすごかった。

――どういう驚きが?

陸にいながら沖合の潮の状態がわかるわけです。

これまでは沖の網まで行っても潮が強くて漁ができずに手ぶらで帰ることも時々ありました。でも、観測ブイからのデータがあれば、船を出さなくても「今日は網起こしが難しい」と判断できるようになったのです。

――無駄な操業が減った。

船を出さないことで燃料も積む氷のロスも減りますし、なにより潮が速くて漁ができないとわかったときは、乗組員が家にいる段階で「とりあえず自宅待機」と指示できる。

今までは沖に行ってダメだったらその日は休漁にすることが多くありましたが、今はすぐに出られる状態で自宅待機してもらっているので、操業できる状態を待って出漁することもできるようになりました。

あと、安全もですね。浜と沖合では気象がまるで違うこともあるから。

――そうなるともう手放せませんね。

はい。でも、5年間経つと「データが取れたのでこれで終わります」となって。

いやいや、ちょっと待ってくださいよ。僕らにしてみたら気象庁が明日から天気予報やめますというのと同じだから、それは困りますと。交渉して5年間延ばしてもらうことになったのです。

――それはよかった。

でも、10年経つとさすがに機械も限界がきまして、これ以上続けるなら新しい機材にしないと無理となったのです。

僕は自分の網に潮流計が付いているからとてもありがたかったのですけれど、10年のうちに周りの人……他の漁法の人たちも網を入れる方角や出漁するかしないかの判断に潮流計のデータは欠かせないものになっていました。 漁協としてなくなるのは困るという意見でまとまり、新しい観測機材……〈ICTブイ〉を導入することに決めたという経緯です。

定置網の現場。青緑に輝く魚影はシイラ

より詳しく沖合の状態を知るために

――しかも新しくする際、1カ所から2カ所に増やしましたね?

10年間設置していたブイは新湊の漁場の東端でしたから、新たに設置するのが1カ所なら真ん中になるだろうな。理想は西・中・東の3カ所ですけど、それが無理ならせめて2カ所は欲しいなとは思っていました。

結局、西側にもう一つ増やして東西2カ所に〈ICTブイ〉を設置することになりました。

西側も定置網に設置してあるのですけれど、これはシロエビの漁場に近いので底引き網の人たちも利用しています。

――他に変えたところは?

操業は風の影響も大きいので、風速・風向計も新しく付けました。

旧型の観測ブイでは水深10mの水温と潮の流速、流向を計測していましたが、せっかく新しくするのだから水深30mも測ってみようとなったのです。

――水深30mを計測してみて、いかがでした?

例えば0.5ノットと表示されていたら、「今日は潮が速くて大変だ」と覚悟して出漁するんですよ。なのに「あれ? センサー部分が壊れたかな?」と思うくらいスルスルと網をあげられることがたまにあるんです。

そんな話を研究者にしたら、「潮の流れは単純なものではなく、上層と下層では向きも速さも違うことがある」と言われて。だったらそれも詳しく知りたいから、付けてみようって。

そしたら10mと30mで潮が逆というデータがちょくちょくある。それが分かるようになったので、「上は速いけれど下は逆だから網をあげられそうだ」とかいう判断もできるようになりました。

――そうなると水深60mも知りたくなりませんか?

ブイはロープに固定して水面からセンサーをケーブルでぶら下げている構造なので、あまりケーブルを長くすると潮に流されて網にケーブルやセンサーが絡んでしまう。遠くに離せばいいのだろうけれど、すると今度はブイを固定するのが大変になる。

――データを見るときに注意していることって?

仮にここにカーテンがあるとしましょう。で、カーテンのこちら側にセンサーがあって、カーテンの向こう側から風が吹いてくるとします。すると、こちらで測るのと、カーテンの向こうで測るのとでは風力の数値は違いますよね。同じように流向によっては潮が網に遮られて数値が低く出るので、そのへんは考慮しています。

スマホアプリ「ウミミル」でいつでも確認できる

定置網用魚探との併用で効率アップ

――定置網には魚群探知機も併用されていますね。

そうですね。これは自分の網を見るためにです。

――魚探の反応で魚種は分かりますか?

ある程度は分かりますがメーカーさんのパンフレット通りにはならないですね。おそらく自然界の状態で同じ魚種だけならパンフレット通りなのでしょうけれど、僕らが知りたいのは網の中に捕らえられた魚の反応なんでね。

魚種が一種類ならいいですけど、ブリとイワシのように食べる魚と食べられる魚が一緒になると、網の中で追いかけたり逃げたり通常とは違う動きをするので、魚探で魚種がはっきり分かるというのはまだなかなかという気はしています。

大量にあがった大型のシイラ

――メインのホタルイカは?

実はホタルイカは魚探ではわからないのです。

――それじゃ困るじゃないですか。

でも、混獲魚種がいるかいないかが分かるだけでも助かっています。

――どういうことですか?

ホタルイカとよく一緒にイワシ類が入るんですけど、イワシは魚探にはっきり写ります。で、イワシが一緒に入っているのに何も考えずに最後まで網を起こしてしまうと、ホタルイカとイワシがごっちゃになって、あとで仕分けるのがむちゃくちゃ大変になる。

――小さいし、莫大な量ですものね。

しかも混ざるとホタルイカの外套膜に剥がれたイワシのウロコが入ってしまう。ホタルイカを食べたら中からウロコ出てきたってなると商品価値が下がります。

そうならないように、今日はイワシ混じりと分かっていれば、絞り込む前に網の上部を解いて網を下げてイワシを逃がし、ホタルイカだけを残すなどの対応もできます。

あと、〈ICTブイ〉のデータに魚探のデータも加味して、魚の反応が少なければ出漁をあっさりやめられます。

逆にちょっと怖いと思うのは魚探の反応がいいときは、無理をしても出漁したくなってしまうことですね。いくら反応がよくても出られないときは出られないのですけれど、そのへんは難しい判断を迫られることもあります。

カマス、アオリイカ、サバ、ウスバハギ。他にもカジキ、フグ、アジなど魚種が豊富。

――〈ICTブイ〉の今後に期待することは?

僕ら漁師にとってはこの〈ICTブイ〉は天気予報です。天気予報だって昔はあんまり当たんなかったけれど今はよく当たるように、日本沿岸に〈ICTブイ〉がもっと増えればデータが蓄積されてより正確になり、いろいろなこともわかるので助かると思います。事故も防げるでしょう。それはとっても感じます。

大学時代はラガーマンだった鷲北さん

――お忙しいなか、どうもありがとうございました。

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3.サポート企業の声

ネットワークを活かし、地域の課題を地域DXで解決。

富山県射水市は防災・産業育成・観光振興などさまざまな分野でIoTを導入しています。地元企業として市が取り組む地域のDX化をサポートしている「射水ケーブルネットワーク」の渡邊正樹常務に話をお聞きしました。

■はじまりは射水市の「IoT利活用推進検討会議」

――ICTとは「Information and Communication Technology(インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジー)」の略で、コンピューターやインターネットなどを活用して情報を伝え、コミュニケーションを円滑にする「情報通信技術」の総称ですが、新湊に導入された〈ICTブイ〉とはどんなものなのでしょう。

海洋データを集積するセンサーを備え付けたブイを浮かべ、そこで集めたデータをドコモのネットワークを経由して送り、「ウミミル」というアプリを用いて手元のスマートフォンやタブレットで確認できるシステムです。

陸にいながらほぼリアルタイムで沖合の漁場の状況が把握できるというものですね。

〈ICTブイ〉の潮流のデータは30分に1回、風のデータは10分に1回更新され、もちろん、現在値だけではなく過去のデータ推移も表やグラフで確認できます。

ブイは新湊沖に2カ所設置してあり、現在、新湊漁協の漁師さん約120人に利用していただ

いています。

射水ケーブルネットワークの渡邊正樹常務

――ケーブルテレビの会社が漁業をサポートというのにはちょっと驚きました。

射水市役所に「IoT利活用推進検討会議」が発足したのが2018年。ざっくりいうとインターネットやデジタル技術を使って地域の課題を解決していこうという取り組みです。

市の事業ですが、ケーブルテレビという通信のインフラと技術を持っていることから弊社が事務局を担当することになったのです。

――地域課題はどのようにピックアップしたのでしょう。

まず市役所各課から若手を中心に1人ずつ集まってもらい、それぞれにDXで解決できそうな行政課題をあげてもらいました。確か2週間で75の案件が集まりました。

――結構、集まりましたね。

ええ、そこから①喫緊の課題か、②住民に安心安全を提供できるか、③実現可能性はあるか、という3つの基準で選考し、10の案件に絞りました。

――なぜ潮流計測をすることに?

農林水産課の若手職員から「県から提供された観測ブイが老朽化にともない撤去されることになり新湊の漁業者が困っている。行政で何かできないか」という提案があったのです。

そこでどのような機材が必要なのか、導入に当たって補助制度は得られるかなど、市で何ができるかを調べることになりました。

■過酷な環境に耐えられるブイに

――機材の選択はすんなりといきましたか?

それが実はそうでもなくて……。

そもそも漁業用の潮流観測計ってノリやモズクなどの海面養殖場やいけすといった、比較的穏やかな海での使用を前提に開発されたものがほとんどでして、冬の日本海のような過酷な環境には対応していなかったんです。

――いわれてみれば確かに。

「NTTドコモ」と協力して進めることになったのですが、近年、台風は巨大化し、「爆弾低気圧」も増加していますでしょう。

自然のチカラは想定以上で、どんなにきつくナットを締めても緩んで水漏れしたり、強力な特殊接着剤を使ってもひん曲がったりポッキリ折れたり。テストを何回も繰り返し、もう大丈夫だろうと思っても、どこかに不具合が生じるんです。

――半端ないエネルギーですからね。

3カ月くらいですか、実験を繰り返しながらなんとか無事に完成しました。でも、もっとよくしようとこの10月頭にブイの周りのガードレールをなくすなど、できるだけ部品を少なくしたシンプルな構造に大幅改造したところです。

――他にも苦労はありましたか?

漁業者が求めるものを開発者が聞き取り、漁業者に提案しながら進めるのですが、打ち合わせをするにしても、漁師さんは僕らが寝るくらいの時間に起きて働き始めるでしょう? 両者の時間がなかなかマッチしないというのは想定外でしたね。

実験でもこちらからこれをして欲しい、あれをして欲しいとリクエストしても繁忙期だと、「すみません、そんな余裕はありません」ってなるし。

なんとか時間を調整して漁師さんに弊社まで来てもらい、オンラインで設計者と打ち合わせしたりしましたよ。

――それほど苦労するとは?

最初は気軽に「はい、わかりました」と担当を引き受けましたが、これほど大変とは思いませんでした(笑)。保守費用はいただいていますが、持ち出しは想定以上……まあ、先行投資だとは思っていますが。

現在値だけでなく推移も確認できる

■さまざまなジャンルでDX化を推進

――漁業以外にもデジタル化に取り組んでいますね?

最初は防災分野でした……たとえば市民生活と直結する冬の積雪。

これまでは市の職員が真夜中に各地をパトロールして積雪量を確認し、除雪車を出動させるかの判断をしていたのですが、積雪深センサーで積雪量を測り、同時にカメラも設置して映像で確認できるようにし、職員が現場に行かなくて済むようになりました。

――人手不足は全国的に課題ですものね。

射水市には農業用溜め池が58ケ所あるのですが、豪雨などで溜め池が決壊して水害を引き起こさないよう月3回、水位を計測することが定められているんです。

今まで職員が一つ一つ溜め池を回りながら計測していたのですが、これも水位監視センサーを導入することで、リアルタイムで管理できるようになりました。

――土地勘もあるからフットワークよく動ける。地域密着型の企業の強みですね。デジタル化は今後さまざまな分野で拡大しそうです。ありがとうございました。

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(左)急潮被害を報じる新聞報道。北国新聞2004年8月24日付け

(右)シンポジウム記録「定置網の急潮被害の実態」丸山克彦(新潟水産海洋研究所)2009年より

4.研究者の声

急潮のメカニズムと〈ICTブイ〉の未来。

急潮のメカニズムを知るために設置した観測ブイのデータを操業の参考に活かした漁業者。データに対する研究者目線と漁業者目線の違いを富山県農林水産総合技術センター水産研究所の野原 葉さんに急潮のメカニズムと〈ICTブイ〉の未来とともに伺いしました。

研究者目線と漁業者目線

――観測ブイの当初の目的は?

「急潮」のメカニズムの解明です。昔はなぜ急潮が起きるのか……台風通過後に起きるといわれつつも、その原理がわかっておらず被害が多発していました。そこで急潮のメカニズムを知るためにまずは潮流を計測しようということで始まったんです。

2010年、急潮被害防止のデータ集積のために入善・魚津・新湊・氷見の4カ所に富山県漁連によって観測ブイが設置されました。

ところが10年経ち、ブイがボロボロになって撤収を検討するとなったとき、新湊漁協さんは「補助制度を利用して新しいブイを導入し、自分たちで管理しよう」という流れになりまして。

観測ブイは急潮被害の予防対策……数値がこうだから網を避難させようというのが目的ではなく、急潮が起きたときに海中ではどのように水が動き、どんな変化があったときに急潮が起きるのかを研究するためのものでした。

写真提供 富山県農林水産総合技術センター水産研究所

――定置網に観測ブイをセットしても予防対策にはなりませんものね?

ええ、数値が出たときにはもう急潮は起きているので。

急潮被害の予防対策をするのであれば、実際に数値が出てから網を撤去するのが間に合うかという問題はありますが、もっと沖合にブイを配置しないと難しい。

でも、観測ブイで計測したデータを漁業者さんは実際の操業に役立てていたのです。

――データの活用方法が異なっていた。

このスマート化の事例の場合、漁業者目線で漁業者が主体となって導入したという意義が大きいのだと思います。

最初は研究者目線……急潮のメカニズムを知る目的で表層の水の動きをキャッチするために設置したものでした。

けれど新湊漁協さんはそれを網起こしができるかどうかの判断に利用した。そして新しく入れ替えるにあたって、自分たち主導で設計し、風速計も加え、二枚潮対策として水深30mにもセンサーを増やすなどの工夫をして、よりデータを活かせるようにカスタマイズしています。

富山県農林水産総合技術センター水産研究所の 野原 葉 研究員

――貴重なデータなんですね。

〈ICTブイ〉を導入する補助事業に研究機関にデータを提供することという要件があるのでデータはいただいているのですが、2層分のデータは希少なので本当にありがたいです。

――新湊以外でも導入して欲しい?

研究者としては水深30mのデータが揃うことによって、見えてくるところももちろんあると思うので……。ただ実際、新たに入れるとなったときのイニシャルコストやランニングコストを考えると「誰が資金を出すの?」となるんですよね、やっぱり。

――ですよね。

新湊漁協さんはそこら辺をうまく整理された。

――定置網以外にも刺し網、カニカゴ、底びき網など他の漁法の漁業者もいるなかで、漁協としてよくひとつにまとまったなって。なぜ新湊漁協ではうまくいったのでしょう。

やはり漁業者の多くがこのデータは操業の役に立つと観測ブイの効果を実感していたことが大きいのではないでしょうか。

――新湊漁協はシロエビ漁を「プール制」にしていますよね。ある意味でフラットというか、「みんなでやった方がよくない?」みたいな空気があるのかなと。

量を多く獲った人が儲かるのではなく、共同で資源を管理する方式を取り入れていますからね。そういう意味では漁業者同士の結び付きが強いといえるのかもしれません。

急潮はなぜ起きるのか?

――ちなみに能登半島を経て富山湾に回り込んだ対馬暖流の支流は湾内をどちら向きに流れるのですか?

基本的には沿岸に沿って反時計回りです。

――想像と逆でした(笑)。急潮の謎は解けましたか?

強い南西の風が長時間吹き続けると、地球の自転の影響なども加わって海水が沿岸にギューッと押し付けられるんです。

で、風が収まって数時間すると、押し付けられていた海水が「沿岸捕捉波」という突発的な速い流れになって沿岸を走る。それが一般的に「急潮」といわれるもので、特に設置型漁業である定置網に被害を及ぼすのです。

傾向として多いのが春と夏。春の「爆弾低気圧」が発生したときと夏の「台風」が通過したときです。

――何ノットから急潮という定義なのでしょうか?

明確な定義は定まっていないのですが、広く使われている基準としては1ノット以上とされています。

――急潮が流れる方向は決まっているのですか?

「沿岸捕捉波」は岸を右側に見るように流れるので、富山湾の場合は西から東ですね。

あと、先程申し上げたように台風と爆弾低気圧が主な発生要因ですけれど、急潮には対馬暖流の流軸(海流の中で最も流れが速い部分)の接近という例外的な要因もあって……。

――黒潮大蛇行みたいな感じですか?

何らかの要因で流軸が沿岸に接近して、強い流れが湾内に入り込んだ結果起きる急潮というのもありまして。その場合は台風などと違って本当に前兆を察知しにくい。

――河川から立山連峰の冷たい淡水が流れ込むことも影響しますか?

河川流入水はあまり関係ないですね。

――急潮の被害が多かった年は?

富山県では2004〜05年に大規模な被害が相次ぎました。

定置網は規模が大きなうえに使用するロープも特殊ですから、部分的に壊れても修理代に数千万円、ひどい時には億単位でかかるので、一度、被害を受けると経営的にも手痛いわけです。

研究者にとっての〈ICTブイ〉活用法

――現在、急潮警報みたいなものは?

台風の予想進路だとか、九州大学が公開している湾内にどれくらいの強さの流れが発生するかという予測モデルだとか、いろいろな情報を検討して、急潮が起きる可能性がある場合には各漁協に「こういう気象条件なので急潮が発生するかもしれません」とお知らせしています。

――気象庁でも観測をしていますよね?

人工衛星や国の調査船、観測ブイなどいろいろあるデータ集積媒体の一つとして、富山県の漁業調査船「立山丸」が月1回観測するデータも気象庁に送っています。

漁業調査船「立山丸」による富山湾の定点観測

――人工衛星からでは急潮はわかりませんか?

人工衛星は「海面高度計」という海面の高さの分布を計測できるシステムを搭載しており、わずかな起伏を解析することで海洋表層の流れの構造(海流・潮流)は把握できます。

ただ海面のことはわかっても海中になると難しく、実際にセンサーを沈めて集めたデータ……〈ICTブイ〉や調査船「立山丸」が計測したデータが有効になってくるわけです。

――研究者として将来的な〈ICTブイ〉の活用方法は?

たとえば富山県のホタルイカ漁は3月解禁で4月、5月ときて、昔は6月まで獲れていたのに最近は6月になると獲れなくなっています。一方、昔は解禁月の3月にはそれほど獲れなかったのに今では漁期が早期化しつつある。

そこで現在、ホタルイカの富山湾への来遊時期と表層の水温の関係を〈ICTブイ〉のデータと漁獲データを照らし合わせながら研究しているところです。

――他にもありますか?

近年、富山湾ではシイラの漁獲量が一気に上がり主要魚種になっています。もともとは暖かいところにいる魚ですが、海水温の上昇によってたくさん獲れるようになってきた。

シイラは表層付近を泳ぐのですが、今後も増えることが予想されるので、水温と漁獲量のデータを解析することによって、定置網の漁獲につながる条件を割り出せないかという研究も始めたところです。

主要魚種になっているシイラ

――ありがとうございました。県水産研究所HPにある「富山県水産情報システム」ですが、このサイト、この魚種は何月にどの港でどれくらい獲れたのかがパッと検索できていいですね。

これも全国的にも珍しいサイトです。都道府県の漁獲量を手軽に見られるシステムを整備しているところって実は少なくて。一般の方でも気軽に利用していただけるので、ぜひ活用してみてください。